青山「こどもの城」跡地の現在と再開発計画!閉館の真相と劇場の行方

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青山「こどもの城」跡地の現在と再開発計画!閉館の真相と劇場の行方
青山「こどもの城」跡地の現在と再開発計画!閉館の真相と劇場の行方
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🎵 青山「こどもの城」跡地の現在と再開発計画!閉館の真相と劇場の行方

渋谷と青山を結ぶ青山通り沿いの一等地で、長年多くの子どもたちや演劇ファンに親しまれてきた大型児童館「こどもの城」。2015年3月の閉館から年月が経過した今もなお、ユニークな建築美や広場にそびえ立つ岡本太郎のモニュメントを懐かしむ声は絶えません。

惜しまれつつ幕を閉じた背景には何があったのか、そして東京都が国から買収した広大な跡地は今後どう生まれ変わるのか。多くの人々が気をもむ青山円形劇場の復活の可能性や最新の再開発計画、現在の現地のリアルな姿を徹底取材と最新情報をもとに解き明かします。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:2015年の閉館理由は建物の老朽化と国の政策転換(児童福祉施設の全国普及に伴う役割完了)によるもの。
  • 要点2:東京都が約600億円で都有地化し、構想の変遷を経て教育・文化・子育てを核とした複合的再開発が進行中。
  • 要点3:岡本太郎作「こどもの樹」は現地に保存されており、青山円形劇場など文化的遺産の継承に向けた動きが注目される。

【歴史と概要】渋谷・青山の一等地で愛された「こどもの城」とは何だったのか?

1985年、国連が定めた「国際児童年(1979年)」を記念する国家プロジェクトとして誕生したのが「こどもの城」です。当時の厚生省(現・厚生労働省)が主導し、財団法人児童育成協会が運営する国立の総合児童センターとして開館しました。

地上13階・地下4階という都心部でも屈指のスケールを誇り、館内には造形スタジオ、音楽ロビー、ビデオライブラリー、室内プール、さらには宿泊施設や小児保健クリニックまで完備。単なる遊戯スペースにとどまらず、子どもの心身の発達を全方位から支援する総合拠点として機能していました。

また、本格的な舞台芸術を発信する拠点としても知られ、「青山劇場」と日本初の完全円形オープンスペース舞台を備えた「青山円形劇場」を併設。ミュージカルやストレートプレイ、実験的なダンス公演などが連日上演され、児童文化と本格舞台芸術が交差する類まれなカルチャー拠点として、約30年間にわたり約2,800万人もの来館者を魅了しました。

【閉館の真相】なぜ人気施設が幕を閉じたのか?厚生労働省の判断と青山劇場の終焉

多くの家族連れや舞台関係者に愛されていたにもかかわらず、2012年秋、厚生労働省は突如として施設の閉館方針を発表しました。全国で惜しむ声や存続を求める署名活動が巻き起こったものの、覆ることなく2015年3月末で閉館となりました。その主たる理由は大きく2つあります。

第1の理由は、「全国的な児童福祉施設の普及により、国立拠点としての歴史的使命を終えた」という政策的判断です。開館当時の1980年代と比べ、全国の自治体に児童館や子育て支援センターが整備されたため、国費を投じて単一の大規模施設を維持する正当性が薄れたと判断されました。

第2の理由は、建物の老朽化と莫大な改修・耐震補強費用です。開館から約30年が経過し、大規模改修に数百億円規模の公費が必要と試算されたことが決定打となりました。これに伴い、施設内にあった青山劇場と青山円形劇場も同時に幕を下ろすこととなり、日本の舞台芸術界に大きな衝撃を与えました。

【岡本太郎「こどもの樹」の現在】シンボルモニュメントの保存状況と現地の様子

こどもの城の正面広場に堂々とたたずむ巨大なモニュメントが、世界的芸術家・岡本太郎氏が手がけた「こどもの樹」です。多様な子どもの顔が四方八方に伸びる独創的なデザインは、子どもの無限の可能性とエネルギーを象徴しており、渋谷・青山エリアのランドマークとして親しまれてきました。

閉館後、建物本体への立ち入りは制限されているものの、「こどもの樹」自体は撤去されることなく、現在も同じ場所に保存・維持管理されています。通り沿いからその力強い造形を眺めることが可能で、通行人やファンが足を止めて写真に収める姿が日常的に見られます。

再開発の計画策定においても、この「こどもの樹」は文化的価値が極めて高いシンボルとして位置づけられており、将来的な敷地利用計画の中でも保存・継承される方向で方針が共有されています。

【東京都による買収劇と方針転換】都有地化から複合拠点構想への激動プロセス

閉館後、都有地として有効活用すべく名乗りを上げたのが東京都でした。2019年、東京都は国から土地と建物を約600億円で一括買収することを決定。当初は既存の建物を大規模改修し、都立の広尾病院の移転先や複合型子育て支援拠点としてリニューアルオープンさせる構想を掲げていました。

しかし、既存建物を活かした改修工事の見積もりが想定以上に跳ね上がったことや、社会情勢の急激な変化に伴い、計画は一時見直しを余儀なくされます。一時は都立高校や特別支援学校などの「都立学校構想」を含む教育複合拠点案も浮上するなど、跡地利用を巡る議論は紆余曲折をたどりました。

この紆余曲折を経て、東京都は「既存施設の無理な延命改修」から「渋谷・青山エリアの都市力向上を見据えた一体的・戦略的な再開発」へと大きく舵を切ることとなりました。

【青山円形劇場の復活は?】演劇界が熱望する文化拠点の継承と現在の計画

こどもの城の再開発において、常に熱い視線が注がれているのが青山円形劇場の機能復活です。360度客席に囲まれた独特の円形舞台は、観客と演者の密密な一体感を生み出し、数々の名作舞台を世に送り出してきた唯一無二の劇場空間でした。

閉館時にも著名な演出家や俳優陣、劇作家らが存続を求める大規模なアピールを行い、その後も劇場機能の再生を求める陳情が東京都に対して粘り強く続けられてきました。

近年の計画策定プロセスにおいても、文化芸術・パフォーミングアーツの発信拠点としての機能確保は重要な検討項目として組み込まれています。旧劇場のハードウェアをそのまま残す形ではなくとも、青山円形劇場が育んできた前衛的かつ多様な舞台表現を受け継ぐホール・劇場機能の再整備が有力視されています。

【青山こどもの城 再開発計画】都有地活用が描く未来のグランドデザイン

現在、青山通りに面した広大な敷地(約1万平方メートル)は、隣接する旧国連大学本部ビル周辺や近隣エリアとの回遊性を持たせた次世代型複合拠点としての再整備計画が具体化しています。

計画の骨子として重視されているのは以下の3つの柱です。

  • 次世代育成・オープンイノベーション拠点:子どもから若者、スタートアップ企業までが集い、創造的な学びや交流を体験できるオープンスペースの設置。
  • 文化・芸術・発信機能の再編:渋谷・青山らしいクリエイティブカルチャーを発信する多目的ホールや展示空間の整備。
  • オープンスペースと緑地の創出:災害時の一時避難場所としての防災機能を強化しつつ、歩行者が憩える緑豊かなパブリックスペースの確保。

都心の超一等地だからこそ、単なる商業ビルやオフィスビルに終始せず、歴史的に培われた「子どもの育成」「文化発信」のDNAを現代的にアップデートした施策が進められています。

【こどもの城(青山)】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:こどもの城の敷地内には今でも入れますか?
A1:建物内部は閉鎖されており一般の立ち入りはできません。ただし、青山通り沿いの歩道から外観や敷地正面にある岡本太郎作の「こどもの樹」を間近に鑑賞することは可能です。

Q2:青山劇場や青山円形劇場はそのままの形で再開する予定はありますか?
A2:建物の全面的な再開発方針に伴い、当時の劇場施設がそのまま再開する可能性は極めて低い状況です。しかし、円形劇場が持っていた実験的で革新的な舞台芸術機能や次世代型ホールとしての継承が再開発計画の中で検討されています。

Q3:なぜ民間に売却せず東京都が買い取ったのですか?
A3:渋谷・青山という都心の貴重な大規模都有地として、公共的な子育て・教育・文化振興・防災の機能を将来にわたって担保するためです。東京都が主導することで、単なる収益事業にとどまらない長期的な都市基盤の形成を目指しています。

まとめ:次世代の文化・教育拠点へ向けた今後の展望と注目ポイント

1985年の開館から、子どもたちの笑顔と先進的な演劇文化を育み続けてきた青山「こどもの城」。閉館から時を経て、敷地は今、新たな時代にふさわしい複合再開発のステージへと本格的に動き出しています。

岡本太郎の「こどもの樹」が放つ力強いメッセージを受け継ぎながら、文化・芸術・次世代育成が融合する新たなランドマークとしてどのように結実するのか。東京都が主導する今後の詳細設計や民間活力の導入プロセスから目が離せません。 (出典: こども の 城 青山(Yahoo!ニュース)

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